「好きです!遠州」を出版しました。book

この本は、静岡県西部地域の情報誌「NEOぱんぷきん」に連載させていただいている「好きです!遠州」というコラムを一冊にまとめたものです。
「好きです遠州!」というコラムの題名も同誌の小林佳弘編集長に名づけていただきました。

『日刊アグリ・リサーチ』8月23日号で、「好きです遠州!」と小山展弘についてご紹介いただきました。

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TEL:0538-39-1234
Email:n_koyama@aroma .ocn.ne.jp

Amazonより購入が可能です。

推薦コメント

静岡県知事 川勝平太

「本書を推します」

小山展弘氏は学究肌の政治家です。十年ばかり前のこと、小山氏は早稲田大学大学院時代における研究成果を『脱占領時代の対中政策』(志學社、二〇一二年)の一書にまとめました。この書物は、敗戦後の日本の外交政策を論じたものですが、アメリカ合衆国の圧力下のなかで、日本の為政者たちが、矜持をうしなわず、自立をもとめつづけ、日中の平和建設のために奮闘努力した様を、確実な史料によって跡づけた作品です。
それは戦後日本の外交の一端を明らかにした実証研究にとどまりません。行間には小山氏の世界観が脈打っています。小山氏は、日本は地政学的には「東西文明の架け橋」となるべき使命的存在であり、文明史的には「東西文明の調和」を実現しうる国であると確信しており、それをみずからの理想とし、その実現を使命とする政治家です。

ここに小山氏が新たに上梓したのは、彼を育んだ故郷の遠州の可能性をつづった作品です。前著が海外に目を向けた鳥瞰図的な書物だとすれば、本書は足元をみつめた虫瞰図的な書物です。小山氏は、現場に立ち、現場で考え、現場をよくするために、理非曲直を正し、果敢に行動する「現場主義」を地でいく政治家です。本書でも現場主義はいかんなく発揮されており、小山氏は、各地をこまめに回って地元の人々の話に耳を傾けるとともに、「遠州地域学」の先達の小林佳弘氏の著作のほか、数々の郷土史、歴史書、また遠州各地に残されている古文書を渉猟しています。

なぜ、小山氏がことのほか遠州に注目するのか。それは遠州が「東西文明の架け橋」になり「東西文明の調和」を実現する「場の力」をそなえているからです。京都は東洋文明を受容した場となり、東京は西洋文明を受容した場となりました。その両者が交流し融合する場が、ほかならぬ東京‐京都を結ぶ東海道のどまんなかに位置する遠州にほかなりません。遠州は、地政学的に見ても、文明史的に見ても、高い「場の力」を秘めています。
遠州のなかでも磐田は久しく遠州文化の「まほろば」と目されてきました。事実、古代から畿内の都と深いつながりがあります。中世の遠州については、南北朝時代に活躍した今川了俊(一三二六年頃~一四二〇年頃)への小山氏の思い入れはことのほか強く、筆にも力が入っています。小山氏が注目するのは、了俊が残した『難太平記』と『今川状』ですが、特に『今川状』です。『今川状』は、川添昭二『今川了俊』によれば、江戸初期から明治初期までに出版された数は二百数十板・十万冊に近いとされており、江戸時代の教育に与えた影響は絶大でした。小山氏は『今川状』を遠州文化の宝として再評価すべきである、と力説しています。さらに時代を降って、戦国期の遠州については、了俊の思想を受け継いだ今川義元(一五一九~六〇年)に対して小山氏は高い敬意を払っています。今川義元の事跡は、歴史学者の清水克行教授や本県出身の小和田哲男教授の一連の研究によって再評価されていますが、小山氏は、義元と見付との関係に注目しています。見付は、十年ばかりの短期間ながら、堺や博多などとならぶ「自由都市共和制」を実現しました。見付が自治都市になりえたのは、義元が見付の町人・百姓等の一元的支配を認めたからです。

以上、本書のほんのさわりを紹介しましたが、小山氏が語る遠州の歴史や物語は21世紀における「遠州ルネサンス」の素材になるものばかりです。「振り返れば、未来!」とは、21世紀の幕開けとともに遠州(浜松市)に開学した静岡文化芸術大学の木村尚三郎初代学長の名言です。現在の学長・横山俊夫博士(近世の文明史が専門)が「遠州学林」構想を打ち出しているのは、遠州の未来をみつめる小山氏のヴィジョンと期せずして共振しています。
『今川状』の後文に「学問なくして政道成らざる」と説かれていますが、古今の書を広く読み、学問をおこたらず、遠州を愛する小山展弘という日本の将来をになう青年政治家の書いた本書を、江湖に広くお勧めします。(抜粋)

二〇二一(令和三)年 初夏 

早稲田大学名誉教授・山本武彦

懐かしや「遠州の旅路」

1988年から1991年まで3年間。私は新設された静岡県立大学国際関係学部で教官として勤務した。当時、私のゼミに所属していた学生たちは、もう50歳を超えてしまったか、超えようとしている。ゼミが終わると静岡市内やら清水市内で、静岡料理を食べながら、彼らと静岡産の銘酒を味わったものである。そして西は浜松から東は沼津や伊豆半島にかけて、静岡全域を旅したものである。美しい景観と美味しい地場の産品・銘酒に囲まれ、あれほど充実した生活を送れたのは実に幸せな3年間であった。
 この間、静岡県主催の市民大学講座に講師として参加するために、浜松や森町など県西部地域を訪れたことがある。当時、合間をぬって訪れた有名な神社・仏閣の前で撮った写真を見ながら、来し方の思い出を脳裏に浮かべる。
 小山展弘さんとは、私が静岡県立大学から母校の早稲田大学政治経済学部に転じてから8年後にゼミ生として参加して以来、大学院でも国際政治学を専攻し、卒業後も現在まで様々な機会を共にていてきた。志を果たして衆議院議員になられてからも国会で日本外交や経済・産業のあり様をめぐって、舌鋒爽やかに論戦を繰り広げられていた姿を、つい昨日のように想い起す。
 このたび、近年執筆してこられた多くの随筆をまとめて上梓されたわけだが、遠州を軸とする静岡の今昔をあらためて問い直し、次の世代や時代に語り継いでいこうとする小山さんの志は、故郷への憧憬と愛着の深さがいかに強いものであるかを感じさせる。たった一度しか訪れたことのない遠州地方を、もう一度、時間をかけて探索したいものと、密かに企む今日この頃である。

著者 小山展弘コメント

仕事柄、中東遠エリアを中心に遠州のあちこちに出かけていくことが多いのですが、その地区の逸話や物語、神社や寺院の由来などをお聞きする機会があります。それぞれの地域には、それぞれの歴史・文化・信仰があり、地域のドラマがあります。その土地に住む人々にとっては馴染みのある当たり前のことでも、ちょっと離れた地域の人にはあまり知られておらず、興味深いことがあります。それぞれの地域のドラマや物語を他の地域の人に紹介し、少しでも多くの人に知ってもらいたいと思い、「NEOぱんぷきん」の小林佳弘編集長のお話をお引き受けしました。改めて現地に足を運んでお話を伺ったり、時に感動しながら、楽しく書かせていただきました。ゆえに、本書は歴史や民俗に関する研究を意図したものではありません。

また、本書の副題「遠江国パワースポット・寺社・文化・歴史案内」からすれば、誰もが知っている有名な神社仏閣やスポットが含まれていないではないかとお叱りを受けそうですが、先述の通り、ちょっと離れた地域にお住まいの方にはあまり知られていない、されど興味深いと感じたテーマを選んで書いていますので、ご容赦いただきたいと思います。なお、今後も「NEOぱんぷきん」で連載を継続していただけそうですので、寄稿させていただけるかぎり、まだ書いていない神社仏閣やスポットをご紹介させていただきたいと思っています。

二宮尊徳翁の子孫であり、報徳思想の研究者でもある中桐万里子先生は「報徳でいう徳とはドラマのことである。どんな地域にもどんな場所にも、存在たらしめているドラマがある。そのドラマに注目するとき、私たちはなんと多くを与えられ、どれほど多くの自然と先人に関わり、存在していることに気付く。既に多くを与えられているのだから、それに感謝し、恩返しをしよう、それらを生かそうと思うことは自然の感情であろう。それが報徳思想の出発点である」と講演などで仰っておられます。この中東遠地域の歴史・文化・信仰・伝承などの先人たちの歩みに想いを馳せ、現代を生きる私たちが先人たちの歩みと、我々に与えられているものに気付くことは報徳の姿勢に通じるものと信じています。

また、小林佳弘編集長は「町の資産には有形資産と無形資産がある。有形資産は建物や目に見える形あるもので、無形資産は物語や伝説などである。町づくりや地域おこしには、この両方を活かすことが大事だ」と常々お話になられていますが、改めて、遠州には多くの逸話があり、多くの先人たちのドラマがあり、私たちはそのようなかけがえのない、有形・無形の文化遺産に囲まれていることを感じます。静岡県、とりわけ遠州地域は、観光面では通過地域と認識されることが多く、製造業などの産業は盛んでも、地域おこしや地域に対する愛着や理解が今一つ他地区よりも少ないように感じていました。これらの先人たちのドラマ、有形・無形の文化遺産が既に与えられていることを感じ、それらに感謝し、それらを活かし、次の世代に受け継いでいくことが、今を生きる私たちの役割であると信じています。遠州に生きる人たちこそ、遠州を知り、味わい、それを地域おこしや町づくり、観光に活かしていく必要があるのではないでしょうか。

本書が、皆様にとりましても、遠州の再発見と、地域おこしや街づくりの材料の一つとしてご参考になれば幸いに思います。