NEOぱんぷきん 2017年12月号 好きです「遠州」!

更新日:2017.12.1

磐田西小学校と磐田市役所のソテツ

磐田西小学校には樹齢400年前後と考えられるソテツがあります。「西っこの泉」と呼ばれる校舎の玄関の前にある池のほとりに植えられています。私は磐田西小学校が母校ですが、子供のころ、「西っこの泉」の周りでも遊び、ソテツにも触れたことがありました。どこの学校にもある何気ない「老ソテツ」ぐらいに思っていましたが、この「ソテツ」がひょっとしたら、大変な由緒のある「ソテツ」であるかもしれないことが最近分かったのです。

磐田市中泉の大乗院三仭坊の由緒によれば、今をさかのぼること400年前、徳川家康公は、三仭坊に戦勝祈願を行い、戦に勝利しました。徳川家康公は祈願成就のお礼に二株のソテツを三仭坊境内に植樹したとのことです。明治時代に入り、前号でも述べたとおり、三仭坊は廃仏毀釈のあおりを受け、苦難の歴史を歩みます。当初、三仭坊が建っていた場所から久保町などへ移転し、最終的に現在地に移るのですが、昭和時代に徳川家康公お手植えのソテツ二株を、一株は磐田市役所へ、もう一株を磐田西小学校に植え替えられることになったとのことです。磐田西小学校と磐田市役所のソテツは、大乗院三仭坊の由緒書の通りとすれば、なんと徳川家康公お手植えのソテツという、とんでもない由緒をもっていることになります。確かに樹齢400年前後とのことですから、家康公のお手植えの可能性は十分にあります。戦勝祈願の成就のお礼とのことですが、どの戦いの勝利の御礼だったのでしょうか?樹齢400年前後ということ、徳川家康が中泉御殿に逗留し、戦勝祈願を行ったと想定すれば、関ヶ原の戦いや大阪の陣の祈願成就の御礼だったかもしれません。

子供の頃に蹴っ飛ばしたりしていたソテツが、家康公お手植えのソテツだったかもしれない…大変驚きましたが、案外、このような歴史が皆様の周りにもあるかもしれません。磐田西小学校と磐田市役所のソテツの由緒を皆様にも知っていただきたいのと同時に、歩けば棒にあたるほど、この遠州という地域は歴史や文化遺産にあふれた土地であることを感じていただければ幸いです。

小山展弘

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